病院での看取り。命がおわるとき、好きなものだけを食べたい。

看取りでできること

80代女性のお話です。
子どもさんはいらっしゃったのですが、心理的に距離があり介護は高齢のご兄弟がされていました。

食欲が落ちてきて

食事はセッティングすると手は不自由ながらも何とか自力摂取。けれど、もともと偏食があり食事の内容によって食事量が入るときと入らないときがありました。

そんな状態が長く続いていましたが、ある時期から明らかに食事量が減っていました。食事も自分では食べようとせず、「食べさせて」と言うように。

女性は4人部屋。食事は自分の部屋で。
女性以外の患者さんたちは皆、職員の食事介助を必要としていました。その様子を見て甘えてみたくなったのでしょうか?
他の患者さんと同じようにしてほしいと願っているのだろうかと思い「できないときはお手伝いしますので自分で食べてみましょうか」と声をかけます。

過介護になってしまうと、女性が本来自分自身でできることもできなくなってしまうリスクもあるので、可能な限りはご自身で食べていただけるよう促します。

しかし、なかなかご自身で食べようとはされず。職員が介助すると少しだけ食事が入る状況。

どうすれば食事が入るのか?栄養士と相談し女性が好きなメニューを取り込んでもらったり、環境を変えてみてはどうだろうと食堂へお連れしたり…

それでも食事量は増えませんでした。

好きなものが食べたい

栄養課と相談し食事のメニューも工夫していただきましたが、そのときの体調次第で食べたいとき食べたくないときがある様子。女性はおなかが張っていて吐き気を訴えることも多く、食事に手をつけないことも増えてきました。

最後のときが迫っていたのです。

できれば食べたいものを食べていただきたい。しかし御家族から好きなものを差し入れていただくことも難しい状況。そこで担当の看護師が売店へ行き、女性がリクエストするものを買ってくるようにしました。

すると食事自体は入りませんでしたが、食事以外の時間でも「くだもののジュースが飲みたい」等言ってくださるようになり、少しづつではありましたが女性が希望するものを口にしていただけるようになりました。

手が動かない

だんだんと自分の身体の自由を失っていく女性。
「手が上がらなくなった」
「手が動かなくなった」
「身体が動かない…」
悲痛な思いを口にすることが増え、職員の名前を呼び続けていました。

自分の身体の変化から命の時間に気付いておられたのだと思います。不安の中で少しでも職員に傍にいてほしかったのでしょう。

私たちにできたのは話を聴くこと。女性が少しでも楽な姿勢をとれるようにお手伝いすること。手を握って傍にいること。

最後の時間

それから数日後。私が出勤し女性の元に挨拶へ行くと、すでに女性の意識ありませんでした。そして間もなくして女性は天国へ旅立っていかれました。職員みんなに見守られた最後でした。

後日、女性が忘れていったジュース(退院のときにお返しするのを忘れていました😥)を担当看護師が女性が眠るお墓に届けに行きました。これからは天国ですきなものを食べてくださいね。お疲れさまでした。
一緒に過ごして下さってありがとうございました。感謝をこめて。

最後までお読み頂きありがとうございました。皆さんと、皆さんの大切な方が幸せを選んでいけますように。

 ※関連記事:【最後まで食べさせてあげたい。母を想う医師の願い。】はこちら

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